レシピを習うことを、ゴールにしたくない。

粉雪シフォンの日常

konayukiが「レシピを教える場所」ではなくなった理由

レシピを習うことは、ゴールじゃない。

私は、今そう思っています。

けれど、開業の最初からそう考えていたわけではないです。

2019年、私が初めて米粉シフォンの教室を始めた頃。

「認定講師制度を作るのか」

それとも、

「学んだレシピを商用利用できるようにして、それぞれ自由に活動してもらうのか」

私はずいぶん迷いました。

当時、お世話になっていた方からは、

「認定制度は作らない方がいい」

というアドバイスもいただいていました。

だから最初は、認定講師制度を作らない道を選んだんですよね。

レシピを学んだ人が、自分の場所で自由に活かしていく。

それでいいのではないかと思っていたのです。

でも、始めて一年もしないうちに、私は考えを変えることになりました。

理由は、とてもシンプルでした。

私が本当に渡したかったものは、レシピだけではなかったからです。


私も、誰かから学ぶところから始まりました

もちろん、私も最初からすべてを生み出したわけではありません。

私自身、人との運命の出会いから知り、そこから始まっています。

パン教室をしていた頃には、教材の中にあったシフォンケーキを学んだこともありました。

それでもその時は、あまりピンと来ていなかったんですよね。

そしてその後、私の中のシフォンに対する考えを大きく変える出会いがありました。

お鍋で焼いたシフォンケーキです。

初めて食べた時、それまで私が知っていたシフォンとは、食感がまったく違いました。

ふわっとしっとり。

そして、口の中でじゅわっとほどけていく。

その食感に、私は強く惹かれました。

「私も、こんなシフォンを焼きたい」

そう思ったことが、今につながる最初の小さな種だったと思います。

けれど、そのシフォンは、お鍋で焼くことを前提にしたものでした。

私はだんだん、

「この食感を、オーブンで焼き色のついたシフォンでも作れないだろうか」

と思うようになりました。

焼き色をつければ、水分は飛ぶ。

水分を残そうとすると、焼き色が弱くなる。

当時の私には、その二つはなかなか両立しませんでした。

でも、どうしても諦めきれなかった。

焼き色があるのに、やわらかい。

軽いのに、しっとりと水分を感じる。

そんな生地を作れないだろうか。

その小さな疑問から、私の猛烈な研究が始まりました。


「置き換える」のではなく、一から作りたかった

何度も焼きました。

何度も失敗しました。

少し変えては焼き、また変えては焼く。

そうして、小麦粉のシフォンでは、

自分の中で「これだ」と思えるところまで近づいていきました。

(2016年頃に完成した、当時の小麦粉シフォン)

そして次に挑戦したのが、米粉です。

その時、私が考えたのは、

「小麦粉を米粉に置き換えるだけでは意味がない」

ということでした。

すでに、小麦粉のシフォンには自分なりの満足がありました。

だから、米粉を使うなら、

小麦粉の代用品としてではなく、

米粉だからこそできる食感を作りたい。

小麦粉より美味しくなければ、意味がない

そう思いました。

素材。

水分。

メレンゲ。

温度。

焼き方。

合わせる素材。

目に見えない生地の中で、今何が起きているのか。

それを想像しながら、何度も焼きました。

当時を振り返ると、自分でも驚くほど、始終没頭してシフォンのことを考えていたと思います。

そして、その積み重ねが、今のkonayukiの生地として、たくさんの商品につながっています。

さらに私は、米粉だけではなく、生のお米そのものからシフォンを作ることにも挑戦するようになりました。

粉になった材料を使うのではなく、

実家から届いたお米そのものを、シフォンへ変えていく。

ここにも、私にとって大きな面白さがありました。

実家で採れたお米を使って、今まで研究し続けてきたものを形にすることができるかもしれない!!

今見えている素材の姿だけを、完成形だと思わない。

その中に、まだ出ていない可能性があるのではないか。

それを探し、育てて、形にしていく。

振り返ると、私はずっと同じことをしてきたのだと思います。

(これはシフォンだけではなく、人を育てるということにもつながるのです)


私が育てたかったのは、レシピではありませんでした

2020年、私は認定講師制度を作りました。

でも、制度を作って初めて見えたことが、たくさんありました。

技術を教えることと、

その技術が、自分の手を離れて広がっていくこと。

時には望まない方向へ広がっていく様。

これは、まったく別のことでした。

誰に伝えるのか。

何を守るのか。

どこまで自由で、どこからは守ってほしいのか。

品質をどう保つのか。

名前をどう扱うのか。

そして、

その技術が生まれた理由や、大切にしてきた考え方まで、どうしたら一緒に受け継いでもらえるのか。

当初の私は、そこまで分かっていませんでした。

さまざまな経験をしました。

嬉しいことも、たくさんありました。

一方で、

「私は、本当にこの広がり方を望んでいるのだろうか」

と悔しくて情けなくて、打ち伏せる夜を何度も味わいました。

そのたびに、考えました。

技術を覚えれば、それで終わりなのか。

同じ配合で焼ければ、それで粉雪なのか。

レシピだけが広がっていくことを、私は本当に望んでいるのか。

そこで、少しずつ分かってきました。

レシピが広がることと、粉雪が広がることは、同じではない。

ということです。


粉雪らしさを守りながら、その人らしさを育てたい

ここは、とても大切にしていることです。

私は、

私とまったく同じものを、そのまま作り続ける人を増やしたいわけではありません。

もしそれだけが目的なら、

同じ商品。

同じ見せ方。

同じ売り方。

同じ店。

それを全国に増やせばいいのかもしれません。

でも、私が見たい未来は、そこではありません。

konayukiで学んだ技術や考え方を土台にして、

その土地の素材。

その人が歩いてきた人生。

好きなもの。

大切にしたいこと。

届けたい人。

それらが重なって、

その人にしか作れない商品へ育っていく。

私は、その姿を見たいと思っています。

だから、粉雪で学ぶことは、

「レシピを再現できるようになること」

だけではありません。

なぜこんなふうに膨らむのか。

なぜ、この水分なのか。

素材を変えたら何が起きるのか。

どこを変えても良くて、どこを変えてはいけないのか。

どうしたら、お客様が

「また食べたい」

と思う商品になるのか。

そこまで自分で考えられるようになった時、

レシピは、

「覚えるもの」から、「生み出すための土台」へ変わります。

これは、その人のこれまでの生き方をもう一度呼び起こす作業だとも思っています。

私は、そこまで行ってほしいと思っています。


だから、konayukiは「資格を取る場所」ではなくなりました

今、私は、

資格を取る人を増やしたいとは思っていません。

もちろん、一定の技術や基準を確認する仕組みは必要です。

でも、資格という紙そのものがゴールではありません。

だから今のkonayukiは、

粉雪を使う人を増やす場所ではなく、粉雪を一緒に育てる人を増やす場所

へ変わってきました。

私が増やしたいのは、

konayukiのレシピを使う人ではなく、
konayukiのシフォンを通して、自分自身の可能性まで育てていける人です。

粉雪シフォンに出会う前は、

自分に自信がなかったり、
過去の失敗から一歩踏み出せなくなっていたり、
本当は持っているはずの良さや得意なことを、
自分でも見えなくしてしまっている人が少なくありません。

でも、粉雪シフォンは簡単ではありません。

思うように膨らまない。

同じように作っているつもりでも、毎回違う。

だからこそ、

何度も考える。
何度も焼く。
失敗しても、またやってみる。

その積み重ねの先で、昨日までできなかったことが、できるようになる。

その瞬間に生まれる達成感は、
ただシフォンが焼けた、という喜びだけではありません。

「私にもできた」

という感覚を、自分の中に取り戻していくことでもあります。

大人になると、
子どもの頃のように夢中になって、
何かに挑戦して、
できたことを心から喜ぶ時間は、少しずつ減っていきます。

でも、粉雪シフォンを作っている時間は違います。

夢中になっている間は、
嫌なことを忘れられる。

余計なことを考えず、
目の前の生地だけを見る。

「心がリセットされる」

そう話してくれる人もいます。

そして、できなかったことができるようになるたびに、
止まっていた気持ちが、少しずつ前を向き始める。

私は、粉雪シフォンには、
そんな力があると思っています。

しかも、ただ作れるようになるだけではありません。

「こんなシフォン、食べたことがない」

「他と全然違う」

「また食べたい」

そう言ってもらえる商品になるからこそ、

その言葉が、
その人自身の技術や努力への自信に変わっていく。

誰かに喜んでもらえた。

自分の作ったもので、人の心を動かせた。

その経験が、

「私にも、人に喜ばれるものを作れる」

という確かな自信になっていきます。

そして、その自信が育つと、

今まで隠れていたその人の良さや、
得意なことや、
人に届けられるものまで、少しずつ外に出てくる。

そんな生徒さんの変化を見届けることが、私の幸せであり、
お伝えしてきた意味があると思っています。

だから私は、

粉雪シフォンをただ覚えてほしいのではありません。

このシフォンを土台にして、

自分の中にまだ見えていなかった力を見つけ、
それを育て、
自分らしい仕事へ変えていってほしい。

粉雪が大切にしてきた技術や品質を受け取りながら、
その人自身の良さまで一緒に育てていく。

私は、そんな人たちと一緒に、
これからの粉雪を育てていきたいと思っています。

焼き上がるのはシフォンです。
でも、その先で育ってほしいのは、その人自身の自信と未来なのです。

私は、人の成長を見届けたいと思っています。

その喜びをみんなと喜びあう、そんな仲間作りがしたい。
心からそう願っています。


ブランドを背負うことと、自分らしくあることは、反対ではない

ブランドを守る。

そう聞くと、

「全部同じにしなければいけない」

と思う方もいるかもしれません。

でも、私の言っているブランドの考え方は違います。

むしろ逆なんです。

土台があるからこそ、その上で自由に育てられる。

守るものが分かっているからこそ、

どこで自分らしさを出していいのかが分かる。

粉雪の技術。

粉雪が大切にしてきた品質。

お客様への向き合い方。

そこは共有する。

でも、その上で、

岡山と東京が同じである必要はない。

海の近くの町と、山の町が同じである必要もない。

子育てをしてきた人と、

会社員を長く続けてきた人が、

同じ商品を作る必要もない。

その人の人生や土地にしかないものがある。

私は、そこを消したくありません。

粉雪らしさと、その人らしさ。

その二つが重なった時に、

初めて、その地域にしかない店が生まれると思っています。


粉雪が広がる、ということ

今は、

「粉雪が広がる」

という言葉の意味も、以前とは違って見えています。

同じレシピが全国に増えること。

それだけでは、粉雪が広がったとは思いません。

粉雪の考え方を受け取った人が、

自分の中にある可能性を見つけ、

それを自分らしい形へ育て、

その先で、誰かの喜びにつなげていく。

その連鎖が全国に生まれていくこと。

私は、それを

粉雪が広がること

と呼びたいと思っています。

だから、私が作って終わりではありません。

私一人が守って終わりでもありません。

ここから先は、

この考えを受け取ってくれる人たちと、
続きを作っていきたいと思っています。


焼き上がるのは、シフォンです。でも、その先で育ってほしいのは、その人自身の未来です。

人生を変えたい。

何か、自分の力でできることを持ちたい。

誰かの役に立つ仕事をしたい。

小さくても、自分のお店を持ちたい。

そう思って、粉雪に出会う方がたくさん集まってくださいます。

でも最初から、

自分の何が強みなのか。

分かっている人ばかりではありません。

むしろ、

まだ自分でも気づいていない可能性を持っている人の方が多いと思っています。

だから私は、

その人の中にあるものを一緒に見つけたいと思っているんです’。

そして、

その商品が誰かのもとへ届いて、

「おいしかった」

「また食べたい」

「あなたから買いたい」

という言葉になって返ってくるところまで、つなげたい。

粉雪は、

シフォンケーキを教えるためだけにあるのではありません。

人や素材の中にある、まだ見えていない可能性を見つけ、
その人らしい形に育て、
誰かの喜びへつないでいく。

私は今、

それが、粉雪がやろうとしていることなのではないかと思っています。

レシピは、そのための入口です。

技術も、そのための土台です。

ブランドも、そのために守るものです。

そして、そこから先にあるのは、

一人ひとりの仕事であり、一人ひとりの人生です。

粉雪は、私が作って終わるものではありません。

これからは、

口の中でとろける米粉シフォンの先駆者、

konayukiというブランドを大切にしながら、

自分の地域で、

自分らしい仕事を育てていく人たちと、

続きを一緒につくっていきたい。

それが、

今、私が目指しているkonayukiです。